• 『WONDERFUL FISH』に見る今も変わらない、斉藤和義のロックアーティストとしてのスタンス


『WONDERFUL FISH』に見る今も変わらない、斉藤和義のロックアーティストとしてのスタンス

これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
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    中村達也とのロックユニット、MANNISH BOYSの楽曲「GO! GO! Cherry Boy!」が2月17日より公開された映画『チェリーボーイズ』の主題歌に起用された斉藤和義。2018年8月にデビュー25周年を迎えるとあって、3月14日に約2年4カ月振りとなるニューアルバム『Toys Blood Music』を発表後、埼玉を皮切りに41都市47公演に上る大規模な全国ツアー『KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2018 “Toys Blood Music”』をスタートと、今年は例年以上に精力的な動きを見せるようだ。そんな彼のアーティストとしての本質を過去作とともに振り返る。

    デビュー15年目のブレイク

    本稿作成の参考に…とWikipediaの斉藤和義のページを見ていてニヤリとしてしまうと同時に、“これも斉藤和義らしいなぁ”と思わず膝を打った。略歴の項目。そこに“デビュー15年目以降”という小見出しがある。所謂プロフィールなのだが、その“デビュー15年目以降”以降の紹介文の方が圧倒的に多く、しかも充実しているのだ。1995年の“同年代の一般女性と結婚”からその“デビュー15年目以降”までの間は何も記述がなく、まるで活動を休止していたかのようである。

    もちろん、彼は活動休止などしてないし、しっかりと記載されたディスコグラフィーが示す通り、デビュー以来、斉藤和義は音源制作を欠かした年はない。ひいてはこの間、ライヴ活動も欠かした様子はないのだが(それは公式webサイトで確認)、この辺はあたかも“アーティストのやることは音源制作とライヴの他に何かある?”と言っているかのようである。

    Wikipediaの“デビュー15年目以降”にしてもよくよく見ると、CMタイアップの件や2012年の『NHK紅白歌合戦』出演の記載はあるものの、あとは大型フェスやイベント参加に関する記載がほとんどで、こんなところからも、やはりこの人は徹頭徹尾、ミュージシャンであることが分かるのである。ちなみに斉藤和義は、1999年に伊藤広規(Ba)、小田原豊(Dr)とSevenなるバンドを組んでおり、この件はWikipediaの略歴に載せてもいいと思うのだが、これは彼にとって黒歴史なのだろうか。そうじゃなかったら、誰か追加編集頼む。

    “時代が彼に追いついた”奇跡的な偉業

    …と熱弁しつつ、こんなことを言うのはほとんど反則技だろうが、“デビュー15年目以降”の前の斉藤和義は大きなヒット曲に恵まれた様子もないので、それもやむなしという気もする。斉藤和義の代表曲のひとつ、15thシングル「歌うたいのバラッド」は1997年にリリースされているが、その発売当初、あるいは同年発売の6thアルバム『Because』に収録された時点で、ファンの間では名曲の誉れ高い楽曲であったものの、それが広く知れ渡ったのはMr.Childrenの桜井和寿がBank Bandでカバーした2007年頃からであろうから、やはりそれも“デビュー15年目以降”のこと。

    それ以前のトピックらしいトピックとなると、Wikipediaにもある通り、1994年にリリースされた4thシングル「歩いて帰ろう」がフジテレビ系子供番組『ポンキッキーズ』で使われたことくらいになるのだろう。だが、かと言って、当時、デビュー15年目までの斉藤和義の音楽が未成熟だったかと言えば決してそうではなかったことは、それこそ、その「歌うたいのバラッド」や「歩いて帰ろう」が後年に評価されたことが証明している。

    「歌うたいのバラッド」は前述の通りだし、「歩いて帰ろう」は2015年にスズキの『ラパン』のCMやフジテレビ系バラエティー番組のメインテーマ曲に起用されたこともあってか、2016年度のJASRACの著作権使用料分配額ランキングで国内作品の年間10位を獲得したという。発売後20年以上を経てのブレイクはほぼ奇跡的な偉業と言える。当然のことながら、メロディー、歌詞、アレンジは当時と何も変わっていないので、チープな形容ではあるが、“時代が彼に追いついた”とはまさにこのことであろう。言うまでもなく、斉藤和義はデビュー時から才能あふれるロックアーティストだったのである。

    確信的であり自由自在でもある表現

    つまり、斉藤和義の音楽制作に向かう姿勢にはデビュー時から確固たるものがあったことは初期作品からもうかがえるわけだが、それこそ中村達也とロックユニット、MANNISH BOYSを組んだり、彼がのちにさまざまなアーティストとコラボレーションをしたり、多くのトリビュートアルバムで他のアーティストの楽曲をカバーしたりと、今も自由自在な音楽表現をしている斉藤和義の姿もまた垣間見ることができる。問答無用にロックで、バラエティー豊か。

    それは、「歩いて帰ろう」が収録された1995年の出世作、3rdアルバム『WONDERFUL FISH』からしてそうである。デビューシングル「僕の見たビートルズはTVの中」のイメージからか、最初期にはフォークシンガー的な見られ方をされなくもなかった斉藤和義だが、それは本作で完全に払拭されたと言えるだろう。オープニングを飾るタイトルチューンM1「WONDERFUL FISH」での、弦楽器も打楽器もザクザクとした、やや粗いバンドサウンドで、これがロックアルバムであることは確信できる。

    楽曲に潜むロックへのリスペクト

    セカンドラインの軽快なリズムが印象的なM3「歩いて帰ろう」はキャッチーな歌メロと相まって、どう聴いてもポップなナンバーであるのだが、ギターサウンドは実にワイルドだ。これは「歩いて帰ろう」のオマージュであるところのM2「走って行こう」も同様で、いずれも特徴的なリズムに耳を奪われがちだが、ディストーションの効いた、重くノイジーなエレキギターの音もかなり強烈に自己主張している。

    誰が聴いてももっとも荒々しいサウンドだと感じるのは、怒りの感情とサウンドを同期させたブルースロックM6「ポストにマヨネーズ」だろうが、それだけじゃなく、明るくポップな曲調にロック然とした音を潜ませている辺りに斉藤和義のロックアーティストとしての矜持があると思う。

    また、ロックの巨人たちへのリスペクト、そこからのオマージュも決して忘れていない。The Beatlesの「Let It Be」を彷彿とさせるピアノから、これまたThe Beatlesの「Strawberry Fields Forever」でのメロトロン的なサウンドが聴けるM8「例えば君の事」がその白眉であろうか。決して明るい曲ではないが、広がりのあるメロディーラインも手伝って、どこか神々しさを感じさせる楽曲だ。

    サイケな音作りは、スペイシーなM9「d?j? vu」を挟んで、M10「無意識と意識の間で」やM11「引っ越し」でも聴くことができ、この人が60年代のロックが大好きなことがよく分かる。細かいところでは、M6「ポストにマヨネーズ」のアウトロでのドラムスが明らかにLed Zeppelinっぽい辺りも実におもしろい。

    歌詞にもロックなスタンスが宿る

    歌詞もロックっぽい。まず、M6「ポストにマヨネーズ」。前述の通り、モロに怒りの感情を露呈しているさまはロックの専権事項とでも言うべき代物だ。

    《お前に一言聞きたい事がある/ポストにマヨネーズ流しこんだのテメェだろう!》
    《毎日毎晩ごくろうさん おかげさまで歌が出来ました/ところで明日早いから/モーニングコールを8時に頼むよ/どうせひまだろ?》
    《お前に一言言いたいことがある/“あんたの人生 楽しそうだな”》
    憤まんやる方ない感情をぶつける歌ができたことに“おかげさまで”と付け、シニカルさを際立たせている感じはパンク的だ。先ほど、M3「歩いて帰ろう」を“リズムは軽快だが、ギターは実にワイルドで、それがロック然としている”と表したが、この楽曲の歌詞もとてもロックらしいと思う。

    《急ぐ人にあやつられ 右も左も同じ顔(言いたい事は胸の中)/寄り道なんかしてたら 置いてかれるよ すぐに(いつも)》
    《嘘でごまかして 過ごしてしまえば/たのみもしないのに 同じ様な朝が来る(同じ様な風が吹く)》
    《走る街を見下ろして のんびり雲が泳いでく/僕は歩いて帰ろう 今日は歩いて帰ろう》
    言葉だけを見る限り、そこに攻撃性はないように思える。しかし、これがリリースされた当時の音楽シーンの状況を鑑みると、この歌詞はメインストリームへのカウンターであったような気もしてくる。シングル「歩いて帰ろう」が1994年発売、アルバム『WONDERFUL FISH』は1995年発売である。1994年、1995年の年間売上トップのアーティストはいずれもtrf。その翌年の1996年には安室奈美恵が1位、globeが2位と、当時は所謂小室ファミリーの全盛期だった。小室サウンドがどうのこうのというよりも、のちにCDバブルと言われたミリオンヒットが続発する時期で、1995年、1996年には20作以上がミリオンを記録している。

    音楽シーンは沸騰しており、《急ぐ人にあやつられ》るようなこともあったと想像できるし、業界内には《寄り道なんかしてたら 置いてかれるよ》という焦燥感を抱く人はたくさんいたことだろう。しかしながら、《走る街を見下ろして/僕は歩いて帰ろう》と言い切れる潔さは、むしろロック的であったと思うのだ。M2「走って行こう」のあとに持ってきて、それを強調している感じも洒落が効いていて、これもまたとてもいい感じだ。

    オフステージでは今ものほほんとした表情を見せることもあり、「歌うたいのバラッド」や「ウエディング・ソング」、あるいは「ずっと好きだった」辺りのイメージで漠然と彼のことを見ている人たちにとっては“斉藤和義=やさしいお兄さん”かもしれない。あるいは、個人名義での活動がほとんどであるし、アコースティックギターを持って歌う姿がフィーチャーされることも少なくないので、依然“斉藤和義=フォークシンガー”といった見方をしている人もいるかもしれない。それはそれで全面的に否定はできないが、斉藤和義の本質は間違いなくロックであり、それはデビュー時から終始一貫していたのである。

    TEXT:帆苅智之

    アルバム『WONDERFUL FISH』

    1995年発表作品

    <収録曲>
    1.WONDERFUL FISH
    2.走って行こう
    3.歩いて帰ろう
    4.何となく嫌な夜
    5.寒い冬だから
    6.ポストにマヨネーズ
    7.レノンの夢も
    8.例えば君の事
    9.d?j? vu
    10.無意識と意識の間で(アルバム・ヴァージョン)
    11.引っ越し